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広島地方裁判所 昭和32年(わ)351号 判決

被告人 田村政夫 外三名

主文

被告人田村政夫、同本間大英をそれぞれ懲役八月に、

被告人末宗明登、同末田静夫をそれぞれ罰金一〇、〇〇〇円に処する。

被告人田村政夫、同本間大英に対し本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

被告人末宗明登、同末田静夫が右罰金を完納することができないときはそれぞれ金四〇〇円を一日に換算した期間労役場に留置する。

訴訟費用中、証人小迫豊彦(二回)、同惣附盛義(二回)、同藤川岩行(第三回公判期日)、同川本政男、同関東孝義、同本間大英(二回)、同山下隆司(第七回公判期日)、同末宗明登(二回)、同松村勝、同石田正敏、同俊田渉、同福井弥太郎、同小林忠、同高田敏彦に支給した分は被告人田村政夫の負担、証人柴村幸吉、同六広唯義、同河野千秋、同栗原唯一、同朝倉義国、同山崎義孝、同佐久間時男、同新堀秀夫(二回)、同井本丈夫、同笹本吉彦、同氏川孝之、同中田哲夫に支給した分は被告人本間大英の負担、証人加藤守二、同山崎鯉三郎、同福田雄幸(二回)、同坂本晃(第一五回公判期日)、同島津成明、同大森勇、同田中数雄、同大屋重広、同松浦一人、同大田哲雄、同北村栄太郎に支給した分は被告人田村政夫、同本間大英の平等負担、証人市原正、同尾崎年明、同藤川岩行(第一九回公判期日)、同坂本晃(第一九回公判期日)、同山根一二六、同元川登、同窪田八十次、同小村醇三、同小陳定、同大谷保に支給した分は被告人田村政夫、同末宗明登、同末田静夫の連帯負担、証人山田耻目、同東博登、同広兼主生、同山下隆司(第二三回公判期日)に支給した分は被告人等四名の平等負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人本間大英は昭和三一年以降国鉄労働組合広島地方本部広島第二支部執行委員長、被告人田村政夫は同年以降同支部執行委員、被告人末宗明登は同三〇年から同三二年七月頃まで同支部執行委員、被告人末田静夫は同三二年九月以降同支部客車区分会長をしていたものであるが、

第一、(被告人田村政夫の公文書毀棄、公務執行妨害の事実)

昭和三二年五月九日、右広島第二支部が施行した同年の春季闘争に関する被処分者が発表されたので、同支部の組合員が同年同月一一日、一二日の両日にわたり右処分の撤回闘争を実施することになり、同支部に属する広島客車区勤務の組合員も同月一二日同闘争として開催予定の職場大会に参加して職場を離脱するおそれがあつたので、同客車区の業務全般の管理及び運営を職務とする同客車区長小迫豊彦が同客車区助役惣附盛義と共に同日午前八時三〇分頃山陽本線広島駅構内第二番ホーム所在の広島客車区列車検査助役室へ行き、同所において同日午前八時三〇分から勤務するよう定められていた客貨車検査掛松村勝外一七名に対し同助役の点呼終了後、自重して常識ある行動をとつてもらいたい旨訓示したところ、その場に居合わせた同支部客車区分会長山下隆司が右松村等に対し同日午前九時から開かれる職場大会に参加するよう呼びかけた上、更に同区長に対しても職場大会を開催する旨通告したので、同区長が右松村勝外一七名に対し、職場を離脱させないために業務命令書を交付して業務命令を出す必要のあることを認めて、予め用意していた右松村勝外一七名に対する各別の同日午前八時三〇分から業務に従事することを命ずる旨記載した同区長作成名義の業務命令書計一八通をポケットからとり出し、右松村等に交付しようとして右手から左手に持ちかえたところ、被告人田村政夫はとつさに同区長の手から右業務命令書を引きちぎつてこれを破棄し、同区長をして同命令書を右松村等に交付することを不能ならしめ、もつて右暴行により同区長の公務の執行を妨害し、且つ公務所である同客車区の用に供する業務命令書計一八通を毀棄し

第二、(被告人本間大英の暴力行為等処罰に関する法律違反、暴行、公務執行妨害、被告人田村政夫の公務執行妨害の事実)

昭和三三年三月一四日、前記広島第二支部が完全昇給実施、被処分者の昇給実施、並びに各職員の昇給について対応の組合機関と協議せよとの要求、及び可部線列車削減反対等を内容とする春季闘争を実施していたのであるが、

(一)  被告人本間大英は

(イ) 同日午前一〇時頃、労働組合員約二〇名と共に糊入りバケツ、ビラを持つて国鉄山陽本線横川駅駅長室へ押しかけ、同駅長笠井博に対し右完全昇給の実施等について話し合いをするよう要求し、同日午前一一時頃同駅長から個々人の昇給について対応の組合機関と話し合いをすることは管理局から禁じられているので応じられない旨回答されたので憤激し「駅長の言うことは誠意がない。個々人の昇給についても対応の組合機関と話し合いをすべきだ」と放言し、同室応接机の上に置いてあつたアザリヤの植木鉢を顔の付近まで持ち上げ駅長の足下の土間に投げつけて破壊し、更にその場にいた組合員に対し「ビラを貼れ」と指示し、右組合員等と共同して持参したバケツ入り糊を駅長用事務机の上に流す等して同机及び窓硝子等一面にビラを貼りつけ、又駅長の合オーバーの内側にバケツ一杯位の糊を流し込んで机、窓硝子、合オーバーを汚損し、以て多数人共同して器物を損壊し、

(ロ) 同日午後六時三〇分頃、組合員等が同駅長室から鉄道公安職員より実力で連れ出されたので、駅長室隣の駅長事務室において「誰が公安を呼んだか。お前が呼んだんだろう」と云つて同駅長に詰め寄り、同駅長の肩や襟元を掴んで押す引張る等してカツターシヤツを引き破る暴行を加え、

(二)  被告人本間大英、同田村政夫は同日午後七時頃、組合員等と共に鉄道公安職員により同駅長室、駅長事務室から退去させられた後、同駅構内の広島車掌区横川乗務員詰所へ入つたので、広島鉄道管理局長から鉄道公安職員及び警察官を要請する等臨機の措置を講じて横川駅構内の違法状態を解消させるよう命令を受けた広島駐在運輸長山崎鯉三郎が右命令に基き同詰所から被告人等を立退かせるため労働課員島津成明と共に同詰所に赴き被告人本間大英に室外へ退去するよう要求したところ、同人がこれに憤激して、やにわに右山崎の胸倉を掴んで突きながら同詰所炊事場に押し込み、同炊事場東側壁に押しつけ、続いて同炊事場にはいつてきた被告人田村政夫が押しつけられている右山崎の顔面を平手で強打し、以て右山崎に暴行を加え同人の前記管理局長の命令に基く被告人等を同詰所から退去させるべき公務の執行を妨害し、

第三、(被告人本間大英の公務執行妨害の事実)

被告人本間大英は広島鉄道管理局が前記広島地方本部役員に解雇職員が就任していることを理由に団体交渉を拒絶していたので同地方本部が昭和三三年三月三一日広島市二葉の里広島鉄道管理局前で団交再開要求総けつ起大会を開催し、それに引続いて行われた同管理局庁舎正面入口へのデモに参加したものであるが、同日午後一時過ぎ頃、管理局庁舎正面入口において他の鉄道公安職員と共に同庁舎へ右デモ隊員が侵入するのを防ぐため警備の任務についていた広島鉄道公安室所属鉄道公安主任新堀秀夫に抱きつき押したり引張つたりして同人を同庁舎正面玄関前広場まで連行し、同所で同人を投げつける暴行を加え、もつて同人の公務の執行を妨害し、

第四、(被告人田村政夫、同末宗明登、同末田静夫の暴力行為等処罰に関する法律違反の事実)

昭和三三年五月二日、本年度春季闘争に関する処分の発表があつたので、前記広島第二支部が右処分の撤回を要求し駅構内の建物等にビラを貼つて圧力を加え、その要求に応じさせようとして同日から同月九日までの間に同支部所属の組合員によつて二番ホーム東端の広島客車区列車検査東詰所等に多数のビラを貼りつけたが、翌一〇日の午前中、広島客車区長小陳定の指揮によつて人夫を用い右列車検査東詰所外側のビラをはがしてしまつたので被告人田村政夫、同末宗明登、同末田静夫は更にビラを貼つて同客車区長を脅迫し同区長から広島鉄道管理局長に対し右処分の取消申入れをさせようと企て同日午後二時頃、共同して右列車検査東詰所北側板壁に「区長の墓が待つている、早く早く」「小陳一対一で決闘しやう、五月二〇日駅前広場で待つ」と記載したビラ二枚、西側出入口硝子戸に「小陳八ざきにして地獄へ」「小陳元川、月夜ばかりはネーゾ、五月二〇日の暗夜に気をつけろ、刺殺団」「小陳をばらそうか、処分の礼に、殺人鬼」と記載したビラ三枚を、その他のビラと共に貼付し、同日同区長をしてこれを閲覧させ、もつて同区長の生命、身体に危害を加えるべき旨を告げて脅迫し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人田村政夫の判示第一の所為のうち公務執行妨害の点は刑法第九五条第一項に、公文書毀棄の点は同法第二五八条に、判示第二の(二)の所為は同法第九五条第一項に、判示第四の所為は暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条第一項、罰金等臨時措置法第三条第一項第二号に該当するところ、判示第一の公務執行妨害と公文書毀棄は一個の行為で数個の罪名に触れるものであるから刑法第五四条第一項前段・第一〇条により一罪として重い公文書毀棄の罪につき定めた刑に従い、判示第二の(二)・判示第四の罪については所定刑中懲役刑を選択し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文・第一〇条により最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で被告人田村政夫を懲役八月に処し、被告人本間大英の判示第二の(一)(イ)の所為は暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条第一項、罰金等臨時措置法第三条第一項第二号に、判示第二の(一)(ロ)の所為は刑法第二〇八条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、判示第二の(二)及び判示第三の所為は同法第九五条第一項に該当するところ、判示第二の各罪・判示第三の罪につきいずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文・第一〇条により最も重いと認める判示第三の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で被告人本間大英を懲役八月に処し、被告人末宗明登、同末田静夫の判示第四の所為は暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条第一項、罰金等臨時措置法第三条第一項第二号に該当するので所定刑中各罰金刑を選択し、被告人末宗明登、同末田静夫を罰金一〇、〇〇〇円に処し、被告人田村政夫、同本間大英に対しては情状により刑法第二五条を適用して本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとし、被告人末宗明登、同末田静夫に対しては刑法第一八条第一項により右罰金を完納することができないときはそれぞれ金四〇〇円を一日に換算した期間労役場に留置することにし、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文・第一八二条(連帯負担につき)に従い主文掲記のとおり各被告人に負担させる。

尚、検察官は判示第三の罪につき被告人本間大英が新堀秀夫に対し左下腿部に治療二週間を要する傷害を与えた点を起訴しており、証人藤井正和の公判調書の供述記載(記録一、五一八丁以下)及び同人作成の診断書記録(一、五九六丁)により当時、新堀秀夫が左下腿部に治療約二週間を要する傷を受けていたことが認められるけれども、証人新堀秀夫の公判調書の供述記載(記録一、八三七丁以下)によるも新堀秀夫が受傷するに至つた経緯が曖昧であり、且つ同証人の公判調書の供述記載、証人坂本晃の第一五回公判調書の供述記載(記録一、四七五丁以下)、証人中田哲夫の公判調書の供述記載(記録二、六〇七丁以下)、昭和三三年三月三一日に坂本晃が撮影したフイルム一本(記録一、三〇六丁)によると、当時広島鉄道管理局庁舎正面入口で警備に就いていた鉄道公安職員に向つてデモ隊員が押しかけ、右新堀秀夫とデモ隊員とが掴み合いを演じていたことが推認されるのでどのような機会に右新堀秀夫が受傷したのか明らかでないから右傷害は被告人本間大英が新堀秀夫に対し判示第三の暴行を加えたときに生じたものと認定できない。

(弁護人の主張に対する判断)

一、弁護人は日本国有鉄道は私企業とかわりなく、その職員は刑法第七条にいう「官吏」「公吏」「法令により公務に従事する職員」のいずれでもなく、その業務は刑法第九五条第一項の保護法益である「公務員の職務の執行」に該当せず、日本国有鉄道法第三四条第一項の「役員及び職員は公務員とみなす」という規定は職務の清廉性を担保する必要から身分犯である収賄罪、公務員職権濫用罪につき身分のない者にもその成立を認めるために設けられたものであると主張するので判断する。

日本国有鉄道は日本国有鉄道法により国家の行政機関によつて運営せられてきた鉄道その他の事業を経営し、能率的な運営により、これを発展せしめ、もつて公共の福祉を増進することを目的として創設された政府の全額出資による独立の法人であり、発足以来国家に対しある程度自主性を有し、その職員は国家公務員として国家に対し特別権力関係に立つていた従来の地位を脱却し日本国有鉄道と私法関係に立つようになつた点は見受けられるけれども、その公共性は極めて高度のものであるから国家はこれに対し広い統制権を保有し、(日本国有鉄道法第一四条、第一九条、第三九条の二、第五〇条、第五二条)その職員は一般私企業の職員と異り公務員に近い取扱がなされている(同法第二九条乃至第三二条、第六〇条、第六一条)。

「日本国有鉄道法第三四条第一項は右のような国鉄業務の極めて高度な公共性に着眼して役員及び職員を公務員とみなし、その業務を保護すること(職務の清廉性の保持も含めて)を目的としているのであつて、その役員及び職員は刑法第七条の法令により公務に従事するものとみなされ、その業務は同法第九五条第一項の公務員の職務の執行に該当するものというべく、弁護人の主張はとうていこれを入れることができない。

二、次に弁護人は判示第一の業務命令書が刑法第二五八条にいう公務所の用に供する文書に該当しないと主張するので検討してみるに、広島客車区長が日本国有鉄道法第三四条第一項、刑法第七条第一項第二項により同法第二五八条にいう公務所に該当することは右説示から明らかであり、右業務命令書がその用に供する文書であることは判示第一に認定するところであるから右弁護人の主張を採用することができない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 小竹正 渡辺宏 長谷喜仁)

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